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大阪地方裁判所 平成9年(ワ)5589号 判決

原告

甲川薫

被告

安堂正

主文

一  被告は、原告に対し、六四八万六二一三円及びこれに対する平成六年八月二一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを三分し、その二を原告の、その余を被告の負担とする。

四  この判決の第一項は、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

被告は、原告に対し、一七三九万一一五七円及びうち一五八九万一一五七円に対する平成六年八月二一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、原告が、原動機付自転車を運転中、被告の運転する自動車に衝突されて負傷したとして、被告に対し、自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」という。)三条に基づき、損害の賠償を求めた事案である。

一  争いのない事実

1  被告は、平成六年八月二〇日午後七時三八分ころ、普通貨物自動車(大阪四一せ四六二七、以下「被告車両」という。)を運転して、大阪府四条畷市中野本町二八番一号先の交差点(以下「本件交差点」という。)を南から東へ向けて右折進行するにあたり、本件交差点を北から南へ向けて進行していた原告運転の原動機付自転車(門真市に六七四七、以下「原告車両」という。)に被告車両を衝突させた。

2  被告は、本件事故当時、被告車両を所有して自己のために運行の用に供していた。

3  原告は、本件事故により左下腿骨開放性骨折、左脛骨顆部骨折、左前腕挫創の傷害を受け、平成八年六月一七日左膝関節内反変形、創傷痕、手術瘢痕の後遺障害を残して症状が固定した。

4  原告は、自動車保険料率算定会調査事務所により、自賠法施行令二条別表障害別等級表(以下「等級表」という。)一四級一〇号に該当する後遺障害が存するとの認定を受けた。

5  原告は、被告から一九〇万九〇一〇円の支払を受けた。

二  争点

1  原告の損害

原告の主張する損害費目は後記第三の二1ないし7及び弁護士費用であるが、特に問題となるのは次の諸点である。

(一) 後遺障害

(原告の主張)

原告は、現在も歩くと左足が腫れ、相当の痛みがあり、左下腿は常に重だるく階段の昇降がつらいなどの障害が残っているほか、左肘、右前胸部、左膝、左下腿等に多数の創痕、手術痕等が残っており、原告の後遺障害は等級表一二級一二号、一四号に該当するというべきである。

(被告の主張)

原告の主張する神経症状については、等級表一二級一二号に該当する程度のものであることの医学的な証明がされておらず、等級表一四級一〇号に該当するにすぎない。また、創痕、手術痕等は、その部位からいって外貌の醜状とはいえないから等級表一二級一四号には該当しないし、その大きさに照らしても等級表一二級相当の後遺障害ともいえない。更に、仮にこれらが等級表一二級に該当するとしても、この醜状痕によって労働能力が喪失されたとは認められないから、逸失利益は生じない。

(二) 慰謝料

(原告の主張)

被告は、本件事故後、原告は首の骨を折って死んだのではないかと思いながらも、免許取消を恐れて逃走し、その日のうちに被告車両に付着していた原告車両の塗料をワックスで拭き落とし、被告車両を修理したうえこれを廃車処分として本件事故の形跡の湮滅を図る等しており、この点は慰藉料の算定に当たり考慮されるべきである。

2  過失相殺

(被告の主張)

原告は、本件交差点の少し手前で対面信号が黄色になったにもかかわらず、本件交差点に進入したために本件事故に遭ったものであり、本件事故の発生には原告にも二割を下らない過失があるというべきである。

第三当裁判所の判断

一  原告の後遺障害

1  前記第二の一3の事実及び甲第一二ないし第一四号証、第二二ないし第二五号証、検甲第一ないし第四四号証並びに弁論の全趣旨によれば、以下の事実を認めることができる。

(一) 原告は、本件事故後、救急車で畷生会脳神経外科病院(以下「畷生会病院」という。)に搬送され、平成六年八月二〇日から同年一一月一六日まで及び平成八年三月一二日から同月二三日まで同病院に入院し、また、平成六年一一月一七日から平成八年六月一七日までは同病院に通院(実日数二四日)して治療を受け、平成八年六月一七日同病院で症状固定の診断を受けた。

(二) 原告には、後遺障害として、左膝前顆部(内顆)骨折後の内反変形(右と比較的(ママ)し五度)が残ったほか、〈1〉左肘外側の創痕(長さ一・五センチメートル、幅一センチメートルのもの及び長さ二・五センチメートル、幅一センチメートルのもの)、〈2〉右前胸部の創痕(長さ五・五センチメートル、幅〇・五センチメートルのもの)、〈3〉左膝外側の手術痕(長さ二センチメートルのもの)、〈4〉左下腿内後方の創痕(長さ六センチメートルのもの)、〈5〉左足関節、内顆、外顆にそれぞれ長さ三・五センチメートルの手術痕、〈6〉左下腿内側の広範囲の擦過傷痕(横二センチメートル、縦八センチメートルのもの及び横五センチメートル、縦二センチメートルのもの)が残り、また、症状固定時において、大腿周囲径は右三七センチメートル、左三五センチメートル、下腿周囲径は右三三・五センチメートル、左三五センチメートルであった(なお、平成九年四月一五日現在では、下腿周囲径は右三六センチメートル、左三八センチメートルであった。)。また、原告の左下腿には腫脹があり、自覚症状として左下腿のだるさがあるほか、原告は、少し歩いたりするとむくみがひどく、人目にも右と左の太さの違いがわかるほど左足がむくんでしまう、階段の昇降はできるが、左足が重苦しいという感じがつきまとう、正座は長くはできず、椅子に座っていても膝を曲げて座るのはつらく、左足は投げ出すような形で座っている等訴えている。

(三) 原告は、昭和四八年一二月二九日生まれの女性で、美容師になるのを目標として、本件事故当時大阪府枚方市内の美容室エスカールに美容師見習いとして勤務していたが、本件事故により休業を余儀なくされ、畷生会病院退院後復帰したものの、終日立ち仕事のため左足が腫れ、冬になると痛みがひどくなる等したため結局美容師になるのは断念せざるを得ず、現在は、運送会社に勤務して坐位の状態で行える伝票整理の仕事に従事している。

2  原告の前記の創痕等は、外貌の醜状でないことはもちろん、そのすべてが通常露出している部分に存するものでもなく、また、個別的にみる限りいずれも必ずしも大きなものではないが、右創痕等は原告の左足下腿部を中心に多数あるばかりでなく、特に左下腿については左膝前顆部の内反変形や左右下腿周囲径差と相俟って、一見して原告の左足が負傷による傷痕を残していることを容易に知りうる状況にあり、原告が症状固定時二二歳の若い女性であることを考慮すれば、原告の前記の創痕等は等級表一二級に相当する後遺障害であると認めるのが相当である。

これに対し、原告の左下腿の神経症状については、それが頑固でありかつそのことが医学的にも証明されたものであることの証拠を欠くから、右は等級表一四級一〇号に該当する後遺障害であると認められる。

二  原告の損害

1  入院雑費 一三万一三〇〇円(請求どおり)

弁論の全趣旨によれば、原告は、畷生会病院入院中の合計一〇一日間に一日当たり一三〇〇円の雑費を支出したものと認められ、右合計は一三万一三〇〇円となる。

2  付添看護費用 三四万一三四〇円(請求どおり)

甲第一四号証及び弁論の全趣旨によれば、原告は、畷生会病院入院中の平成六年八月二〇日から同年九月八日までの二〇日間本件事故による傷害のため歩行ができず付添看護を要し、そのために一日当たり一万七〇六七円の費用を要したものと認められ、右合計は三四万一三四〇円となる。

3  装具費用 一七万二七一三円(請求どおり)

弁論の全趣旨によれば、原告は、本件事故による傷害のため、左長下肢装具費用として一六万〇〇九〇円、左膝装具費用として一万二六二三円の合計一七万二七一三円を支出したものと認められる。

4  通院交通費 一万八三九〇円(請求どおり)

弁論の全趣旨によれば、原告は畷生会病院への通院のためにタクシーを利用し、そのために合計一万八三九〇円を負担したことが認められる。

5  休業損害 一二七万九七四四円(請求どおり)

甲第一二号証、第二五号証及び弁論の全趣旨によれば、原告は、本件事故当時美容室エスカールに美容師見習いとして勤務し一日当たり四九九九円を下らない収入があったが、本件事故により平成六年八月二〇日から平成七年四月二〇日まで及び平成八年三月一二日から同月二三日までの合計二五六日間就労することができなかったことが認められ、右によれば、本件事故による原告の休業損害は一二七万九七四四円となる。

6  逸失利益 一七二万八九八三円(請求九一三万六六八〇円)

原告は、前記のとおり等級表一二級相当及び等級表一四級一〇号に該当する後遺障害を残したものであるが、前者については、特段の事情のない限りそれ自体では労働能力に影響を及ぼすものではないと認められるうえ、原告が美容師になるのを断念したのも左下腿の神経症状によるものと認められるから、これによっては原告には逸失利益は生じておらず、ただ、右の点については慰藉料の算定に当たり考慮するものとするのが相当である。

これに対し、後者については、前記のとおり現実に原告の労働に影響を及ぼしていること、特に立ち仕事中心の美容師を断念し坐位で行える仕事に従事するようになったこと、原告の自覚症状に照らせばその神経症状は必ずしも軽微なものともいえないこと、反面、原告はまだ若く症状の回復、軽減も期待できること等に照らせば、原告はこれにより症状固定時から五年間は労働能力の一〇パーセントを、その後五年間は五パーセントを喪失したものと認めるのが相当である。

そして、原告が美容師になった場合に得られたであろう収入は不明であるが、原告は、本件事故に遭わなければ、少なくとも平成六年賃金センサス・産業計・企業規模計・学歴計・二〇ないし二四歳の女子労働者の平均年収である二八〇万九三〇〇円の収入を得ることができたものと認められるから、右収入を基礎に前記のとおりの労働能力を喪失したものとして原告の逸失利益の本件事故時における現価を算定すると、次のとおり一七二万八九八三円となる(円未満切捨て)。

計算式 2,809,300×{0.1×4.364+0.05×(7.945-4.364)}=1,728,983

7  慰藉料 五〇〇万円(請求六七二万円(入通院分一四二万円、後遺障害分二三〇万円、轢き逃げ及び証拠湮滅工作による分三〇〇万円))

甲第一ないし第一一号証及び弁論の全趣旨によれば、被告は、本件事故を起こしたことにより免許を取り消されることを恐れて逃走することを思いつき、相手は大きな怪我をしていると思いながらも原告を救助することなく加速して現場から逃走し、被告車両の損傷状況を確認した際右状況からは相手は首の骨を折って死亡している可能性もあると考えたものの、本件事故の発覚を恐れて被告車両にワックスをかけて付着した原告車両の塗料等を落とし、また、本件事故の二日後の平成六年八月二二日に大阪ダイハツ販売株式会社寝屋川営業所に破損した被告車両を持ち込んで修理を依頼し、なおも発覚を恐れ、同月二四日には既に同営業所で破損した被告車両のフロントガラスの交換修理が行われた後であったにもかかわらず修理依頼を撤回して廃車にするよう依頼するとともに、別の自動車を購入する手続をしたが、警察の捜査により同月二六日同営業所で被告車両が発見され、翌日被告が逮捕されたことが認められる。

右一連の事実、原告が前記のとおりの後遺障害を残していることその他本件に顕れた一切の事情を考慮すれば、原告が本件事故によって受けた精神的苦痛を慰藉するためには五〇〇万円の慰藉料をもってするのが相当である。

三  過失相殺

1  甲第一ないし第一二号証、第一五号証、第一八ないし第二一号証及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実を認めることができる。

(一) 本件交差点は、南北に通ずる道路(以下「本件道路」という。)と東西に通ずる道路とが交差する信号機により交通整理の行われている交差点であり、本件道路は片側各一車線で最高速度は時速三〇キロメートルと規制されている。本件事故当時、本件事故現場付近は水銀灯があり明るかった。

(二) 被告は、被告車両を運転して本件交差点を南から東へ向かい右折するに当たり、本件交差点の直前で対面信号の黄色表示を見て、右折の合図はしたものの、交通閑散に気を許し、対向車両の有無及びその安全を確認しないまま時速約四〇キロメートルで内小回りに右折進行したため、本件道路を北から南へ向けて進行してきた原告車両に気付かず、原告車両前部に被告車両左側前部を衝突させて、原告を路上に転倒させた。

(三) 原告は、被告車両を運転して本件道路を北から南へ向けて時速約三〇キロメートルで走行しており、本件交差点の少し手前で対面信号が黄色に変わったのを認め、この際被告車両の前照灯に気付いていたが、被告車両が右折の合図を出していなかったので直進するものと思い、停止することなく直進を続けたところ、被告車両が急に右折の合図を出して本件交差点を東に右折し始めたため、ブレーキをかけたが間に合わず被告車両に衝突した。

2  右によると、本件事故は、被告が、本件交差点を南から東へ向かい右折するに当たり、本件交差点の直前で対面信号の黄色表示を見て、右折の合図はしたものの、交通閑散に気を許し、対向車両の有無及びその安全を確認しないまま時速約四〇キロメートルで内小回りに右折進行した過失により発生したものであるが、反面、本件事故は、原告が、被告車両の合図が遅れたとはいえその動静の注視を怠り、対面信号が黄色表示に変わっていたのに格別の措置をとることなくそのまま本件交差点に進入したために発生したものであり、本件事故の発生には原告にも一割の過失があるというべきである。

四  結論

前記二による原告の損害は合計八六七万二四七〇円となるところ、過失相殺として一割を控除すると七八〇万五二二三円となり、更に原告が被告から支払を受けた一九〇万九〇一〇円を控除すると、残額は五八九万六二一三円となる。

本件の性格及び認容額に照らせば、弁護士費用は五九万円とするのが相当であるから、結局、原告は、被告に対し、六四八万六二一三円及びこれに対する本件事故より後の日である平成六年八月二一日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求めることができる。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判官 濱口浩)

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